名古屋地方裁判所 平成3年(ワ)295号 判決
原告 A
右訴訟代理人弁護士 山田幸彦
同 山田万里子
同 市川博久
右訴訟復代理人弁護士 上田敏喜
被告 国
右代表者法務大臣 臼井日出男
右訴訟代理人弁護士 関口宗男
右指定代理人 渡邉元尋
同 棚瀬弘康
同 平野信博
同 井田美朗
同 安田幹雄
主文
一 被告は、原告に対し、一一四三万六六九三円及びうち一〇四三万六六九三円に対する平成三年二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告に対し、金一七七八万三七一三円及びうち金一五七八万三七一三円に対する平成三年二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行宣言
第二事実関係
(請求原因)
1 原告(昭和四年一〇月五日生)は、近所のかかりつけの清水伸二医師(以下「清水医師」という。)から心筋梗塞の疑いを指摘され、平成元年八月二八日、同医師から紹介された豊橋市飯村町字高山一一番地所在の被告経営にかかる国立療養所豊橋東病院(以下「被告病院」という)を受診し、鈴木孝彦医師(以下「鈴木医師」という。)の診察を受けたところ、心電図に異常所見が認められたため、翌二九日から心臓カテーテル検査のために同病院に入院するよう指示された。そして、当日処方された薬剤を服用したところ、身体に変調を来し、即日被告病院に緊急入院することとなり、その際、原告と被告との間に、被告において原告に対し原告の心臓の検査及びこれに付帯する医学的処置を適切に行うことを債務の内容とする診療契約(以下「本件診療契約」という。)が締結された。
2 鈴木医師らは、同月三〇日、原告に対し、左心カテーテル法(カテーテル二本を右大腿動脈に穿刺し、心臓付近まで到達させた上、造影剤等の薬剤を注入して、左心室、左心房、冠動脈等の異常を調べる方法)に従って心臓カテーテル検査(以下「本件検査」という。)を実施し、検査が終了してカテーテルを抜去したところ、穿刺孔からの出血が止まらなかったため、鈴木医師は、他の医師二名に指示して、手の親指を出血部位に当て自分の体重をかけて圧迫することを約一時間も続けさせた結果、漸く出血を止めることができたが、右大腿部鼠径部付近において広範囲にわたる内出血を来した。なお、右検査の結果、心臓には異常がなかった。
3(一) 原告は、検査終了から約一〇時間経過後の翌三一日朝、ベットから起き上がろうとしたところ、右脚が全く動かなかったため転倒し、初めて右脚の麻痺に気付き、その後も回復が見られないため、同年九月一一日、豊橋市中野町中原一〇〇番地所在の国立豊橋病院(以下「豊橋病院」という。)整形外科を受診して診察を受けたところ、入院を勧められ、同月一二日に被告病院を退院して、同月一八日豊橋病院に入院したが、同病院での診察の結果、右大腿部の神経が部分壊死したことによる右脚麻痺であることが判明した(右の原告の右大腿神経麻痺を「本件大腿神経麻痺」ということがある。)。
(二) そして、原告は、豊橋病院で治療及びリハビリ訓練を受けたが回復せず、同年一〇月三〇日右大腿部神経剥離術の手術を受けたところ、大腿神経が鼠径靭帯遠位約五センチメートルの位置で約一・四センチメートルにわたって瓢箪状にくびれて変形し、壊死しているのが認められた(右の変形壊死を以下「本件大腿神経損傷」という。)。
(三) 原告は、同年一二月一六日に豊橋病院を退院したが、右脚の麻痺はほとんど回復せず、自立もできず、一日寝たきりの生活が続き、全く家事にも従事することができないため、夫や友人の介助に依存する生活が続いた。退院後も平成二年一二月三一日まで同病院に通院してリハビリ訓練を続けた結果、症状は多少改善し、現在ステッキを支えにしてどうにか二〇〇ないし三〇〇メートル程度の歩行が可能になったものの(なお、右脚をがばうため左脚に負担がかかり、新たに左脚の膝に痛みが生じている。)、重大な右脚麻痺の後遣障害を留め、右後遣障害を労働者災害補償保険法施行規則別表の障害等級表に当てはめると、一〇級を下回ることはない。
4(一)(1) 本件検査が終了してカテーテルを抜去した際、穿刺孔からの出血に対する止血措置がうまくいかず、大量の出血を来したため、止血措置を担当していた堀浩医師(以下「堀医師」という。)と細川博昭医師(以下「細川医師」という。)は、鈴木医師の指示に基づき、出血部位に手指を当て、全体重をかけて圧迫する措置を採ったが、右止血措置を採るに当たり、大腿動脈に並行して走る大腿神経を強く圧迫して損傷させてはならない本件診療契約上の義務及び医師としての業務上の注意義務があるのに、誤って原告の右大腿神経を約一時間にわたり強く圧迫したため、本件大腿神経損傷を招来した。
(2) また、右の医師らは、止血後穿刺部に圧迫枕子を乗せ、上から圧迫帯を巻いて強く締めつけた上、原告の身体をベットに固定させて、これを八時間ないし九時間継続したが、その際の圧迫の程度が適切でなかったため、本件大腿神経損傷を生じさせたことも考えられる。
(二) 仮に(一)の主張が認められないとしても、
(1) 鈴木医師は、穿刺孔から大量の出血を来すことのないよう適切な処置を採るべき本件診療契約上の義務及び医師としての業務上の注意義務があるのに、これに違反して、本件検査中の手技の不手際あるいは穿刺孔からの出血に対する止血措置に落ち度があったため、穿刺孔から大量の出血を生じさせ、右穿刺部位周辺の大量出血による血腫のため、本件大腿神経損傷を生じさせた。
(2) 本件検査終了後原告が病室に戻ってから約二時間後の同年八月三〇日午後六時三〇分から翌三一日午前〇時三〇分まで、原告の右下肢のしびれが一貫して確認され、神経に対する圧迫の徴候を示し、かつ、原告の大腿部の穿刺部を中心に大量の内出血を生じていたのであるから、被告病院医師らは、大腿神経に関する何らかの異常の発生を疑って原因を究明し、少しでも圧迫を軽減するための適切な処置をとるべき診療契約上の義務及び医師としての業務上の注意義務があったのに、これに違反して、漫然そのまま放置し、本件大腿神経麻痺を生じさせた。
(3) また、遅くとも同月三一日朝には、原告の右大腿部に運動麻痺が確認され、かつ、原告の大腿部周辺に広範囲に血腫(内出血)が存在していたから、被告病院の医師は、血腫による大腿神経麻痺を疑い、専門医と相談する等してできるだけ速やかに血腫除去の手術を行うか、又は、それが被告病院で困難であれば、専門医のいる病院への転医措置をとるべきであったのに、何らの処置も採らず、漫然放置したため、原告が思い余って豊橋病院の診察を受けたのは本件検査後一三日目であり、同病院に入院できたのは二〇日目のことであった。右のとおり、被告病院医師は、大腿神経麻痺が判明した時点で、適切な処置を採るべき診療契約上の義務及び医師としての業務上の注意義務に違反した。
よって、被告は、原告に対し、債務不履行責任及び使用者責任により原告の後記5の損害を賠償すべき義務がある。
5 (損害)
(一) 治療費
原告は、右脚麻痺の治療のため、(1) 被告病院での治療費一一万九八〇〇円、(2) 豊橋病院での治療費五六万〇五九〇円、(3) 装具代等二万六四〇五円(合計七〇万六七九五円)を支出した。
(二) 入院雑費
入院一日につき一三〇〇円として計算すると、入院雑費(一〇三日分)は一三万三九〇〇円となる。
(三) 通院交通費
原告は、右脚麻痺のためタクシーで通院せざるをえず、一回四七〇円(メーターの基本料金)により計算すると、通院交通費(五八往復分>は合計五万四五二〇円となる。
(四) 休業損害
原告は、右脚麻痺の治療期間である平成元年八月三一日から平成二年一二月三一日までほとんど働くことができなかった。主婦である原告の休業損害を、平成元年については、平成元年度賃金センサス女子労働者の産業計、企業規模計、学歴計、平均年間給与所得二六五万三一〇〇円を基礎とし、平成二年については、右金額に五パーセントを加算した二七八万五七五五円を基礎として算定すると、三六七万〇一二一円となる。
計算式
2,653,100円÷12月× 4月=884,366
2,785,755円÷12月×12月=2,785,755
(五) 逸失利益
原告は、右脚麻痺の重篤な後遣障害を留め、この障害の程度は少なくとも労働者災害補償保険法施行規則別表の障害等級表一〇級を下回らないものである。症状固定時(平成二年一二月三一日)の原告の年齢は満六一歳であり、就労可能年数を七年(新ホフマン係数五・八七四三)、労働能力喪失率を二七パーセントとし、右(四)の平成二年の平均給与所得二七八万五七五五円を基礎として算定すると、後遺障害による逸失利益は四四一万八三七七円となる。
計算式
2,785,755×5.8743×0.27=4,418,377
(六) 入通院慰藉料
原告は、右脚麻痺のため、平成元年八月三一日から同年九月一二日まで被告病院に、同年九月一八日から同年一二月一六日まで豊橋病院に(合計約三・五か月)それぞれ入院を余儀なくされた。また、同年一二月一七日から平成二年一二月三一日まで一年以上にわたり豊橋病院に通院して治療を受けた。この間前記のとおり、肉体的にも精神的にも甚大な苦痛を被ったから、原告の右精神的苦痛に対する慰藉料は二三〇万円とするのが相当である。
(七) 後遣障害慰藉料
前記のとおり、原告は労働者災害補償保険法施行規則別表の障害等級表の一〇級を下回らない右脚麻痺の後遺障害を留めており、右後遣障害を負ったことによる原告の精神的苦痛に対する慰藉料は四五〇万円とするのが相当である。
(八) 弁護士費用
原告は、本件損害賠償請求権を行使するため、本件原告訴訟代理人らに対し、本訴の提起と追行を委任した。そして、本件事案の内容等に照らして、本件不法行為及び不完全履行と相当因果関係のある弁護士費用は、二〇〇万円とするのが相当である。
6 よって原告は、被告に対し、本件損害賠償金一七七八万三七一三円及びうち一五七八万三七一三円(弁護士費用を除いたその余の損害賠償金)に対する訴状送達の日の翌日である平成三年二月一七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(請求原因に対する認否)
1 請求原因1の事実中、原告が、平成元年八月二八日に清水医師の紹介状を持参して、被告病院内科を受診し、鈴木医師の診察を受けたこと、心電図に異常所見が認められたため、鈴木医師が原告に対し、心臓カテーテル検査等の精密検査の必要性について説明して入院を勧め、原告が被告病院に入院することになったこと(なお、入院予定日は同月三一日であった。)、及び、原告が当日被告病院で処方された薬剤を服用したところ、身体に変調を来したため、即日被告病院に緊急入院することとなり、その際、原告と被告との間に、本件診療契約が締結されたことは、認めるが、その余の事実は争う。
2 同2の事実中、鈴木医師ほか二名の医師が、同月三〇日、原告に対し、左心カテーテル法による本件検査を実施したこと(ほかに右心カテーテル法による検査も実施した。)、穿刺孔からの出血により、右大腿部鼠径部付近において広範囲にわたる内出血を来したことは認めるが、その余の事実は否認する。なお、本件検査の結果、原告に肥大型心筋症の所見が認められた。
3(一) 同3(一)の事実中、本件検査日の翌日早朝原告の右脚が麻痺していたこと、原告が同年九月一二日に被告病院を退院し、同月一八日豊橋病院に入院したこと、同病院での診察の結果、右大腿神経不全麻痺と診断されたことは認めるが、その余の事実は争う。
(二) 同3(二)の事実は認める。なお、豊橋病院での手術の際の所見によれば、鼠径靭帯遠位五センチメートル位の部位に大腿神経が約一センチメートルにわたり暗赤色軟性瘢痕組織に絞扼されていたものである。
(三) 同3(三)の事実中、原告が同年一二月一六日に豊橋病院を退院したこと、退院後同病院に通院したことは認めるが、その余の事実は争う。原告には本件検査より前から腰椎疾患があり、現在の原告の歩行障害は右腰椎疾患に起因するものであって、右大腿神経麻痺との間には因果関係がない。
4(一) 同4(一)(1) の事実中、穿刺孔からの出血により大量の内出血が発生したこと、堀医師及び細川医師において、出血部位に手指を当て、体重をかけて圧迫する措置を採ったことは認めるが、その余の事実は争う。同(2) の事実は争う。本件大腿神経損傷の部位は、股関節の上、腸筋の下というかなり深部に位置し、大腿神経付近の各種筋肉や皮下組織がクッションの役割をするため、皮膚の上からの外力が直接加わることはない。なお、止血措置には、堀医師、細川医師のほか、佐野和也医師(以下「佐野医師」という。)が当たった。
(二) 同4(二)(1) の事実中、穿刺部位周辺の出血による血腫のため、本件大腿神経損傷が生じたと考えられることは認めるが、その余の事実は否認する。本件検査後堀医師が止血措置を施し、穿刺部からの出血が止まったことを確認した。ところが、原告が帰室の際腰を動かしたため、再出血が起こり、堀医師は、細川医師及び佐野医師に協力を求めて、同医師らとともに止血措置を施した。原告は、事前に本件検査後は相当期間安静を保ち、動かないよう注意されていたのに、一旦止血ができた後、短時間のうち動いたため、出血、血腫の形成を来したものであって、担当医師らには予見可能性も回避可能性もなかった。
同(2) 、(3) の各事実は争う。大腿神経麻痺が疑われたとしても、特に手術的処置を採らなくても、麻痺が回復することもあるから、麻痺が回復するかどうか経過観察を継続したことをもって、不相当とはいえない。また、血腫による大腿神経麻痺が疑われたとしても、血液は大腿部皮下組織に浸潤しており、凝固反応も起こし始めているため、注射器による吸引は不可能である。切開して洗浄することも考えられるが、手術的処置を採らなくても、麻痺が回復するのがほとんどであるから、直ちに手術することは相当ではない。なお、右(3) の主張は、時機に遅れた攻撃・防禦方法の提出に当たるから、却下されるべきである。
5 同5(一)ないし(八)の各事実は、いずれも争う。
第三当裁判所の判断
一 原告本人尋問の結果によれば、原告(昭和四年一〇月五日生>は、近所のかかりつけの清水医師から心筋梗塞の疑いを指摘され、同医師から被告病院を紹介されたことが認められ、原告が清水医師の被告病院への紹介状を持参して、平成元年八月二八日に被告病院を受診し、鈴木医師の診察を受けたこと、及び、心電図に異常所見が認められたため、同日鈴木医師が原告に対して入院を勧め、原告が同日被告病院で処方された薬剤を服用したところ、身体に変調を来したため、即日被告病院に緊急入院となり、その際、原告と被告との間に、本件診療契約が締結されたことは、当事者間に争いがない。
二 甲第一号証、第三ないし第一〇号証、第一一号証の一ないし一〇、第一四号証、第一五号証の一ないし二〇、第二五ないし第三〇号証、乙第一ないし第一七号証、第一九号証、第二〇号証の一ないし九、第二一、第二二号証、第二三号証の一ないし六、第二四号証、第二七、第二八号証、第二九号証の一ないし七、第三〇号証の一、二、第三一号証、第三五ないし第三七号証、第四一号証の一ないし六、第四三号証、証人堀浩及び同三輪昌彦の各証言の各一部、原告本人尋問の結果(第一回)、鑑定人加村壮一郎、同原田潤太の各鑑定結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1(一) 原告の被告病院入院後は、伊藤文則医師(旧姓佐藤、以下「伊藤医師」という。)が主治医となったが、本件検査は堀医師が担当した。堀医師は、本件検査当日の平成元年八月三〇日に初めて原告と会ったが、事前に引継を受けた外来及び入院の診療録等から、出血性疾患に関する原告の検査値は正常値を示していること、及び、心臓カテーテル検査を実施する上で障害となる感染症、発熱、腎機能不全等のないことを確認した。
(二) 堀医師は、同日午後二時〇五分(同日午後の時刻について以下単に「何時何分」という。)、原田医師の立会いの下、心臓カテーテル室において本件検査を開始し、主治医の伊藤医師は、隣のモニター室に居て、窓ガラス越しに本件検査の様子を見たり、モニターを見ていた。
(三) 本件検査は、血行動態検査と造影検査を組み合わせたもので、カテーテルを血管内に挿入し、血管経由で心臓まで進め、この間のカテーテルの進み方や血管及び心臓の心房・心室等における血液の圧力を観察ないし測定し、さらに、カテーテルで造影剤を注入し、造影された像をレントゲン撮影して心臓内の形態を観察して、心臓外科手術の適応性の判断やその時期、手術手技の選択に関する重要な情報を得ることを目的としたものである。
2(一) 堀医師は、経皮的にカテーテルを挿入する方法を採用し、まず、原告の鼠径靭帯の下約二、三センチメートルの位置付近の大腿静脈を七フレンチの穿刺針で穿刺した後、穿刺針の中筒を抜去して、残った外筒を通してガイドワイヤーを入れ、次いで、穿刺針の外筒を抜いた上、皮膚を二、三ミリカット針でカットした後、ガイレイター(拡張器)を挿入したシース(外筒)をガイドワイヤーを通して静脈の中に入れていき、その後ガイレイター及びガイドワイヤーを抜去して、シースのみを残す措置を採った。次に、五フレンチの穿刺針を使用して、大腿動脈にも同様の穿刺を行い、同じ手順でシースのみを残す措置を採った。そして、シースからカテーテルを入れ、右心、左心の順でカテーテル検査を行い、心室の圧力、心拍出動、肺動脈の圧等を測った後、カテーテルの中にガイドワイヤーを通して出し入れして、左右の冠動脈造影を行い、さらに、薬物負荷試験を行った。この間に大腿動脈の既にシースが挿入された箇所の下約五ミリメートルの位置に同じ方法で(ただし、八フレンチの穿刺針が使用された。)シースを挿入する措置を採った。また、堀医師は、本件検査の際、血液抗凝固剤ヘパリンを使用し、午後二時四八分頃には、原告に対し精神安定剤であるホリゾンを投与した。
(二) 午後三時頃本件検査が終了し、堀医師は、前示の三本のシースを抜去し、直ちに用手圧迫により止血を試みたが、右(一)のとおり、血液抗凝固剤ヘパリンの使用に加えて、大腿動脈に二箇所穿刺孔があり、互いに近い位置にあって出血しやすい状態にあったのに、適切な時間と圧力をかけて用手圧迫をしなかったため、大量の出血を来たし、ソフトボール大の血腫を形成した。そして、原告の血圧が急激に低下したため(乙第一五号証の「心カテ記録用紙」と題された書面中、午後三時二〇分時点における最高血圧七七(ミリメートル水銀柱、以下同じ。)、最低血圧五八の記載がこれに当たる。右書面を以下「心臓カテーテル検査記録」という。)、堀医師は、隣のモニター室にいた細川医師に応援を求め、ほかにも原田医師、鈴木医師、佐野医師が駆けつけ、細川医師が堀医師に代わって再圧迫を試み、他の医師らは昇圧剤の点滴等の処置を講じ、その後細川医師と交代して佐野医師、堀医師が順次用手圧迫による止血を継続し、午後四時頃漸く止血に成功した。その後穿刺部に枕子を当て、圧迫帯を巻いて止血措置を終了し、午後四時二〇分、完全止血が確認されたので、穿刺部を固定した状態で原告を帰室させることとなった。
3 その後、原告は、穿刺部を枕子や圧迫帯で固定されたまま、約八時間ないし九時間ベットの上で安静にさせられたが、翌三一日早朝右脚が麻痺していることに気づいた。
4(一) 原告は、右脚麻痺が回復しないため、同年九月一一日、豊橋病院の整形外科で診察を受けたところ、同病院に入院して治療することを勧められ、同月一二日に被告病院を退院し、同月一八日豊橋病院に入院した。豊橋病院での診察の結果、右脚麻痺の原因は、右大腿部神経が部分壊死しているためと診断された。
(二) 原告は、豊橋病院で治療を受けたが回復しないため、同病院で同年一〇月三〇日右大腿部神経剥離術(以下「本件神経剥離術」という。)の手術を受けたところ、右手術中の肉眼的所見により、鼠径靭帯遠位五センチメートル位の部位で大腿神経が約一センチメートルにわたり、暗赤色軟性瘢痕組織に絞扼された本件大腿神経損傷が認められた。
(三) 原告の右大腿神経麻痺は、本件神経剥離術後、順調な回復を示し、手術前に〇であった大腿四頭筋の筋力は、右手術後一一か月を経た平成二年九月一七日の時点では通常の日常生活が可能な筋力四まで回復し、平成三年四月一一日には筋力五マイナスとほぼ正常近くまで回復し、知覚鈍麻も消失した。しかし、その後も、原告には、本件大腿神経損傷後に生じたカウザルギーによると認められる右膝周囲の痛覚過敏による頑固な疼痛や、右下肢のしびれ感が残り、歩行時に杖を要する症状が続いており、平成四年二月七日成田記念病院におけるレントゲン写真検査及び平成五年九月一三日藤田保健衛生大学病院レントゲン写真検査の結果によれば、右膝部(特に膝蓋骨)に骨萎縮の他覚的症状も認められた。そして、平成七年三月七日には、原告に対し、身体障害者福祉法別表の第四級に該当する右下肢の疼痛による歩行困難(一キロメートル以上の歩行及び手摺りなしで駅の階段の昇降不能)の後遣障害を留めたとする診断がなされた。なお、カウザルギーとは、外傷性神経損傷による持続性の灼熱痛、アロディニア(普通では痛みを起こすはずのない刺激によって、正常な皮膚に痛みが生じる状態)、痛覚異常過敏(普通に痛みを感じる刺激に対して、それ以上の反応を示す状態)を症状とするもので、しばしば血管運動、発汗運動の機能障害を伴い、後期に萎縮性変化を伴う症状である。
以上の事実が認められる。もっとも、証人堀浩は、右2(二)の認定に反し、原告の大腿動脈の穿刺部からの大量出血は、同医師の事前の注意にもかかわらず、原告が止血直後に体を動かしたため再出血を来したことによるものであり、堀医師の用手圧迫に適切を欠いたものではないと述べた上、当時の状況について、堀医師は、前示の三本のシースを抜去した後、心臓カテーテル検査終了後の通常の止血方法である用手圧迫を一〇分ないし一五分程度継続したところ、完全に止血したので、止血完了を確認して、穿刺部に消毒等の必要な処置をした後、枕子を乗せて圧迫帯を巻いたが、その直後原告がベットに寝ていながら肩から腰にかけての部分を左右に動かしたため、再出血を来し、急激な血圧の低下も見られたため、隣のモニター室にいた細川医師に応援を求め、ほかに原田医師、鈴木医師、佐野医師も駆けつけ、一旦装着した枕子や圧迫帯を除去した上、細川医師が堀医師に代わって用手圧迫をやり直して再圧迫を試み、さらに細川医師、佐野医師、堀医師の三人が順次交代して合計三〇分ないし四〇分用手圧迫を続け、止血ができた旨供述している。
しかし、一旦止血に成功した後に再出血があったとか、それが原告の体動によるものであったとの事実については、入院診療録(乙第九号証)にも、他の診療記録である心臓カテーテル検査記録(同第一五号証)、心臓カテーテル検査の報告書(同第一六号証)及び看護記録(同第一七号証)にも一切記載がなく、入院診療録には「圧迫するも止血不完全 再圧迫」と記載されているだけであり、本件検査の過程で右供述にかかるような重大な事実があったとすれば、これらの記録に一切記載がないということは、極めて不自然である。
また、証人堀浩が証言するように、一旦止血に成功し、穿刺部に枕子を乗せて圧迫帯を巻く処置まで終了した後、急激な血圧の低下を招来するような大量の出血があったとか(前掲乙第一五号証によれば、急激な血圧の低下があった頃、原告が気分が悪くなり、少量の嘔吐があったことが認められる。)、一度装着した枕子、圧迫帯を除去した上、用手圧迫からやり直して止血措置を講じたとすれば、本件検査に立ち会った看護婦がこれを記憶していないことは通常考えにくいところ、本件検査に立会い、前掲乙第一五号証(心臓カテーテル検査記録)の前示の血圧低下部分等の記載もした当時の被告病院の看護婦である証人丹羽真美(旧姓上田)は、本件原告訴訟代理人から、止血の際の原告の状態、医師の行動等当時の状況を質問され、「記憶にありません。」、「はっきりしません。」と述べ、あるいは質問に返答しない等曖昧な供述態度に終始しているが、少なくとも、証人堀浩が証言するような、一旦止血に成功した後、原告が再出血を来したため、慌ただしく医師らが出入りする事態が生じた記憶はない旨を証言している。証人丹羽真美と同様本件検査に立会い、右心臓カテーテル検査記録の他の部分を記載した当時の被告病院の看護婦である証人佐野浩子(旧姓市川、その後佐野医師と結婚して佐野姓となった。)は、自分は造影検査までの立会いで、その後は病棟の看護婦に引き継いだから以後の事情は分からない旨や、同証人立会いの間に行われたホリゾン投与の際の状況やホリゾンの薬効も忘れた等と述べて、同様に曖昧な供述態度に終始しているが、同証人も、本件検査の際に特に印象に残ることはなかった旨証言している。
さらに、主治医である証人伊藤文則は、同医師があたかも形式だけの主治医であるかのように述べて、本件検査終了後に原告を診察したことはあったが、本件検査に関与したことも、原告に対する事前の説明もしたことはなく、本件検査前の原告の症状等に関する診療録の記載は、直接診察していない同医師が一応主治医ということで記載したと述べるほか、本件検査終了後の同医師の診察の事実や原告に装着された枕子を外した時期等が診療録にも看護記録にも記載されておらず、本件検査当日午後六時三〇分、午後八時三〇分及び午後九時三〇分に原告の右下肢に認められたしびれが主治医である同医師に伝えられていなかったことを自認する等、被告病院の医療管理上の責任体制や診療録、看護記録の記載の在り方について疑問を抱かせる供述をしているところ、本件検査終了後の医師の止血措置に関しても、同医師はちらっと見ただけで何の指示も出しておらず、翌日佐野医師から血腫が大きくて押させるのに苦労したと聞いたが、血腫ができた原因を尋ねようとは思わなかったと述べて、主治医でありながら、検査中に生じた大きな血腫の形成という異常な事態について原因の究明等十分な事実関係の確認をしなかった旨述べるだけであって、同証人においても、原告の体動のため再出血したとは述べていない。
以上の次第であって、原告の体動による再出血の事実は、証人堀浩がそのように述べるだけであって、これに沿う客観的証拠がないだけでなく、被告病院関係者らの証言中にもこれに沿う供述部分は何ら存在しない。
そこで、さらに、証人堀浩の供述内容自体について検討する。同証人は、本件検査中から原告の体動が激しく、そのため心臓カテーテル検査では通常使用されない精神安定剤であるホリゾンを投与した旨、また、本件検査の途中で生検を試みようとしたが、原告の体動が激しいため断念したと供述する。しかし、原告に対し生検を試みようとしたことは、診療録にも記載がなく、ほかにもこれを窺わせる証拠は全くないのであり、原告の体動が激しいため生検を断念したとの堀証人の証言は採用することができない。また、本件全証拠によるも、原告が事前の注意にもかかわらず、わざわざ本件検査中に意識的に体を動かして重大な結果を招くような行為に出るような事情はこれを認めることができず、仮に原告が本件検査中に意識的に体を動かしたとすれば、堀医師において、原告に対しその理由を質した上厳重に注意するものと考えられるが、証人堀浩は、原告に対し体を動かした理由を尋ねたことはないとか、そのような記憶はないと供述している。むしろ、原告本人尋問の結果(第一回)並びに弁論の全趣旨によれば、本件検査の際原告には寒さから来る震えがあったものと認められ、証人佐野浩子の証言によれば、被告病院において心臓カテーテル検査の際そのような場合体動を抑える目的でホリゾンを投与することが時にはあったことが認められる(乙第五二、第五三号証は、右認定を覆すに足りない。)。その上、原告に対し午後二時四八分頃にホリゾンが投与された後原告の体動がなくなったこと、そして、ホリゾンの薬効は一時間ないし二時間持続することは、証人堀浩においてこれを自認するところであるから、ホリゾンの薬効の持続時間内である午後三時頃の時点で、原告が、証人堀浩が供述するように、ベットに寝た状態で肩から腰にかけて左右に動かすような行為に出たとは、到底考えることができない。これらの点や、原告本人尋問の結果(第一回)に照らせば、堀医師の止血措置に前示の過誤があったことを否定する証人堀浩の証言は採用することができない。
かえって、前示のとおり、原告の入院診療録には「圧迫するも止血不完全 再圧迫」と記載されているほか、主治医である伊藤医師が鈴木医師との連名で紹介医の清水医師に送付した報告書である乙第三号証には、本件検査終了後圧迫の際血腫を形成し、右大腿神経麻痺を来し、豊橋病院に転院になったことを報告した上、「どうもすみませんでした。」と記載して謝罪していることが認められること、同じく伊藤医師が鈴木医師との連名で豊橋病院の三輪医師に宛てた報告書である乙第四号証では、本件検査の圧迫のミスで、血腫を形成し、その際におそらく大腿神経を圧迫したものと考える旨を述べて、堀医師の止血措置に過誤があったことを自認する記載をしていること、及び、証人(鑑定人でもある。)加村壮一郎の証言によれば、原告には前示の大量出血の原因となるような出血凝固能の異常や血管の加齢変化による脆弱化等の事情は認められず、前示の大量出血は、原告の大腿動脈に近位に二つの穿刺孔があり、出血しやすい状況になっていたのに、これに十分に配慮した止血措置がなされなかったことに原因があると推認されること(鑑定人加村壮一郎の鑑定書には、「右大腿動脈に二本のカテーテルを刺入し抜去した後に、通常の止血操作では圧迫除去後に再出血を生じるほどの、出血を起こす穴が右大腿動脈に残った。そのために、異常に大量な血腫を生じたとの可能性を考える。」と記載されている。)、また、体動についても、多少の体動はありうることであり、これを念頭において止血すべきであって、そのために出血を来すようでは止血措置として十分とはいえないことが認められること、鑑定人原田潤太も、大きなシースサイズを使用した上、本件のように血液抗凝固剤ヘパリンを使用して血管造影を行う場合、圧迫困難なことがあり、また、局所麻酔下で行われる検査では、患者の体動を完全に抑制することができず、術者は、常に体動による再出血を念頭において観察する必要があるとしていること、これらの事情にかんがみれば、前記認定のとおり、堀医師の止血措置に過誤があったことが明らかであって、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
なお、被告は、平成三年八月二七日付準備書面等で、前掲乙第三、第四号証は、本件検査に直接立ち会わなかった伊藤医師がその推測を述べたものにすぎないと主張するので念のためこの点について付言すると、証人伊藤文則の証言、同人に対する事情聴取書である乙第四五号証の記載中には被告の右主張に沿う趣旨と解される部分もあるが、前示のとおり伊藤医師は被告病院入院中の原告の主治医であったものであり、他の医師に対し自分の担当する入院患者の医療に関する重要な情報を提供するのに、正確な事実確認もしないで推測だけで行うとは到底考えられず、仮にそのようなことがあったとすれば、そのような不誠実で無責任な態度自体が問題であるほか、前示の鑑定人加村壮一郎、同原田潤太の述べる専門的知見に照らしても、前示の大量出血は、堀医師の止血措置に適正を欠いた点があったために生じたものと優に推認できるのであり、伊藤医師が事実関係を確認しないでわざわざ被告病院に不利な内容の報告書を作成すべき事情も認められないから、被告の右主張は到底採用することができない。また、証人伊藤文則の証言や前掲乙第四五号証中には、入院診療録中の「圧迫するも止血不完全」なる記載について、腫脹や出血なしに止血することができなかったことを意味するものであるとか、乙第三号証の清水医師宛の報告書中の「どうもすみませんでした。」との記載は、同医師に無断で原告を豊橋病院に転院させたことを謝罪したものであるという部分もあるが、心臓カテーテル検査ではある程度の出血は避けられず、出血なしで止血できることはないこと、乙第三号証の右の記載部分を前後の文脈の中で見ても、原告の転院に関して非礼があったことを謝罪する趣旨と解される記載部分は存在しないこと等に照らして、到底成り立たない弁解というべきであって、採用することができない(もっとも、証人伊藤文則の証言中には、乙第三号証の右の記載部分について、本件検査の際血腫を形成し、右大腿神経麻痺を来したことを謝罪する意味も含まれていたとする部分もある。)。
三 次に、原告の右大腿神経麻痺の原因についで検討すると、鑑定人加村壮一郎は、前示の大量出血によって形成された血腫が大腿部の前方コンパートメント内に波及して内圧を上昇させ、枕子や圧迫帯のため圧力の逃げ場がないため、細動静脈を閉塞する圧を超えた結果、右大腿神経に阻血性変化を生じて本件大腿神経損傷に至った旨の見解を示し、鑑定人原田潤太は、前示の大量出血によって形成された血腫により大腿神経が圧迫されたか、又は、穿刺部血管の周囲支持組織内に広がった血腫の一部が神経周囲に穿破し、出血が大腿神経周囲に及び、これが吸収、変性、瘢痕化し神経を絞扼したため、本件大腿神経損傷に至ったとの見解を示している。鑑定人加村壮一郎、同原田潤太とも、コンパートメント症候群による大腿神経麻痺の症例が報告された文献はないとしており、また、鑑定人原田潤太の鑑定結果によれば、阻血性大腿神経麻痺の症例はこれまで二例報告されているが、いずれも血栓閉塞によるものであるところ、本件では大腿動脈の血栓閉塞はなかったと考えられるほか、経大腿動脈血管造影に伴う大腿神経麻痺の報告症例二四例のうち一八例が穿刺部からの出血に起因するものであったことが認められるから、これらの事情に照らせば、鑑定人原田潤太の鑑定結果に基づき、本件大腿神経損傷は、前示の大量出血によって形成された血腫により大腿神経が圧迫されたか、又は、穿刺部血管の周囲支持組織内に広がった血腫の一部が神経周囲に穿破し、出血が大腿神経周囲に及び、これが吸収、変性、瘢痕化し神経を絞扼したために生じたものと認めるのが相当である(なお、鑑定人加村壮一郎の鑑定結果も、大量出血による血腫の形成が、コンパートメント症候群という過程を経て、本件大腿神経損傷を生じさせたというのであるから、前示の大量出血による血腫の形成が、本件大腿神経損傷の原因となったとする点では、両鑑定人の見解が一致しているといえる。)。
そうしてみれば、本件検査当時大腿動脈穿刺による大腿神経麻痺の症例について纏まった報告がなかったとしても(鑑定人原田潤太の鑑定結果によれば、そのような報告は本件検査の翌年になってなされたことが認められる。)、心臓カテーテル検査を担当した堀医師においては、検査終了後の止血措置を誤って大量出血をさせてはならない業務上の注意義務(同時に本件診療契約上の被告の義務)があるのに、これに違反して大量出血や大きな血腫が形成される事態を招来させ、その結果原告の右大腿神経麻痺を生じさせている以上、堀医師の右の医療過誤行為と右大腿神経麻痺により原告が被った損害との間には法律上の相当因果関係のあることが明らかである。
なお、念のため付言すると、証人三輪昌彦は、前示の各鑑定書が提出される前の証人尋問で、内出血で原告の大腿神経が圧迫されて麻痺が生じたとの見解を述べ、また、伊藤医師も、本件検査直後の平成元年九月一二日付清水医師宛の前示の報告書(乙第三号証)で、「ところが 圧迫の際 血腫を形成し そのため 右大腿神経麻痺を来してしまい」と記載しており、血腫の形成が本件大腿神経麻痺を来したという医学的機序については、鑑定人二名を含めた右四名の医師全員の意見が一致しているのであるから、右の事情に照らして考えれば、大量出血による血腫の形成が右大腿神経麻痺を生じさせる危険性について、本件検査当時の医師の専門的知見によっても予見できなかったということにも疑問がある。
四 そこで、損害について検討する。
1(一) 前記二4(一)、(二)の認定事実、乙第一八号証の一、第二九号証の一ないし七、証人三輪昌彦、同伊藤文則の各証言、原告本人尋問の結果(第一、第二回)並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、堀医師の前示の医療過誤行為がなく通常の経過で心臓カテーテル検査が終了すれば、平成元年八月三一日には退院できたところ、堀医師の前示の医療過誤行為のため、その後も同年九月一一日まで被告病院に入院を余儀なくされ、次いで、同日豊橋病院の整形外科で右脚麻痺のため診察を受け、同月一八日から同年一二月一五日まで同病院に入院し、退院後も同月二七日から平成三年一〇月二四日まで同病院整形外科を受診して治療を受けたほか、同年末頃まで同病院理学療法部でリハビリテーションを続けたこと(なお、平成二年末までの整形外科受診日数は合計二〇日間で、最後の受診日は同年一〇月一六日である。)、右通院治療中に長下肢装具等の使用を要したことが認められる。
(二) 前記二4(三)の認定事実、甲第一一号証の一ないし一〇、第一四号証、第一五号証の一ないし二〇、第三〇号証、原告本人尋問の結果(第二回)、鑑定人加村壮一郎の鑑定結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告の右大腿神経麻痺は、本件神経剥離術後、順調な回復を示し、手術前に〇であった大腿四頭筋の筋力は、手術後一一か月を経た平成二年九月一七日の時点では通常の日常生活が可能な筋力四まで回復し、平成三年四月一一日には筋力五マイナスとほぼ正常近くまで回復し、知覚鈍麻も消失し、この時点で原告の右大腿神経麻痺は治癒したと考えられるが、本件大腿神経損傷後に発症したカウザルギーによる右膝周囲の痛覚過敏・頑固な疼痛、右下肢のしびれ感等のため、その後も歩行時に杖を要する症状が続き、そのため、原告はさらに成田記念病院や藤田保健衛生大学病院を受診して治療を受けたがこれといった症状の改善は見られず、平成七年三月七日には、身体障害者福祉法別表の第四級に該当する右下肢の疼痛による歩行困難(一キロメートル以上の歩行及び手摺りなしで駅の階段の昇降不能>の後遣障害を留めたものと診断されてその旨認定され、同年四月一四日身体障害者手帳の交付を受けたこと(なお、鑑定人加村壮一郎の鑑定結果によれば、腰椎疾患の関与は否定される。右鑑定結果に反する乙第一八号証の一の記載及び証人三輪昌彦の証言は採用することができない。)、カウザルギーについては、疼痛発生の医学的機序は未だ明らかではないが、急激な外力による完全又は不完全な神経損傷に起因するものであると認められ、そして、原告の場合、前示の大量出血と血腫の形成によって生じた本件大腿神経損傷以外にカウザルギー発症の原因があったとは考えられないから、カウザルギーによる原告の右後遣障害は、前示の堀医師の止血措置の過誤によって生じたものというべきであり、その後遣障害の程度は労働者災害補償保険法施行規則別表の障害等級表にあてはめてみると、同表第一二級の「一下肢に三大関節の一関節の機能に障害を残すもの」又は「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当するものと認めるのが相当である。
2 そこで、具体的な損害額について検討する。
(一) 治療費、装具代等について
前示のとおり、原告は、堀医師の前示の医療過誤行為のため、当初の予定を超えて被告病院に入院することを余儀なくされたほか、右大腿神経麻痺のため、豊橋病院に入・通院して治療やリハビリテーションを続け、装具等の購入も要したものであり、この間の治療費(豊橋病院に関するものは平成二年末までの分)及び装具代等として相当額を支出したものと認められるところ、本件神経剥離術等の治療内容や長期にわたる入通院治療、リハビリテーション継続等の事情に照らせば、右手術料その他の治療費、装具代等の合計額は二〇万円を下回ることはないものと認めるのが相当である。
(二) 入院雑費
前示のとおり、原告は、堀医師の前示の医療過誤行為のため通常の経過で心臓カテーテル検査が終了すれば、平成元年八月三一日には退院できたところ、その後も同年九月一一日まで被告病院に入院を余儀なくされ、その後右大腿神経麻痺の治療のため同月一八日から同年一二月一五日まで豊橋病院に入院して治療を受けたものであり(入院日数合計一〇一日)、入院雑費として、一日当たり一二〇〇円を要したものと推認するのが相当であるから、入院雑費支出による損害は合計一二万一二〇〇円と認められる。
(三) 通院交通費
前示のとおり、原告は、平成元年一二月一五日豊橋病院を退院した後も、右大腿神経麻痺のため、同病院整形外科や理学療法部に通院して治療やリハビリテーションを継続し、平成二年末までの同病院整形外科への通院日数は二〇日であり、そのほかにも同病院理学療法部に何日か通院してリハビリテーションを継続していたものであるところ、その当時においても原告は右膝疼痛等のため歩行困難であって、通院にはタクシーの利用を要したものと推認することができ、少なくとも二〇日分のタクシー利用代金(一回につきメーター基本料金四七〇円)に相当する一万八八〇〇円の損害を被ったものというべきである。
(四) 休業損害
原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、右大腿神経麻痺のため平成元年八月三一日から平成二年一二月三一日までほとんど働くことができなかったことが認められるところ、この間の原告の逸失利益は、平成元年、平成二年毎に各年度の賃金センサス女子労働者の産業計、企業規模計、学歴計、平均年間給与所得を基礎として計算するのが相当であり、平成元年度の右平均年間給与所得は二六五万三一〇〇円であり、平成二年のそれは右金額に五パーセントを加算した金二七八万五七五五円を下回ることはないから、そうすると、右の逸失利益は三六七万〇一二一円と算定される。
計算式
2,653,100円÷12月×4月=884,366
2,785,755円÷12月×12月=2,785,755
(五) 傷害慰藉料
前示のとおり、原告は、本件大腿神経麻痺のため、平成元年八月三一日から同年九月一一日まで被告病院に、同年九月一八日から同年一二月一五日まで豊橋病院にそれぞれ入院することを余儀なくされ、その後も少なくとも同年一二月一七日から一年以上にわたり通院治療を要したものであるから、これにより相当の精神的苦痛を被ったものと認められ、原告の右精神的苦痛に対する慰藉料は二〇〇万円とするのが相当である。
(六) 逸失利益
前示のとおり、原告は、平成七年三月七日の時点で労働者災害補償保険法施行規則別表の障害等級表の第一二級に該当する後遣障害が認められ、一四パーセントの労働能力を喪失したものというべきところ、前示の諸事情に照らせば、原告主張の逸失利益算定期間の始期である平成三年一月一日当時の原告の労働能力喪失率がこれを下回ることはないものというべきであるから、当時の原告の年齢(満六一歳>に相当する平均就労可能年数を七年(ライプニッツ係数五・七八六)とし、前示(四)のとおり、平成二年度の賃金センサス女子労働者の産業計、企業規模計、学歴計、平均年間給与所得を二七八万五七五五円として算定すると、後遣障害による逸失利益は金二二五万六五七二円となる。
計算式
2,785,755×5.786×0.14=2,256,572
(七) 後遣障害慰藉料
前示のとおり、原告は、堀医師の医療過誤行為のため、労働者災害補償保険法施行規則別表の障害等級第一二級に該当する後遣障害を負ったものであるところ、右後遣障害の程度等に照らせば、右後遺障害により原告の被った精神的苦痛に対する慰藉料は二一七万円と認めるのが相当である。
(八) 弁護士費用
原告が、本件原告訴訟代理人らに対し本訴の提起と追行を委任したことは、当裁判所に顕著であり、本件事案の内容、難易度、認容額等に照らせば、本件不法行為及び不完全履行と相当因果関係のある弁護士費用は、一〇〇万円と認めるのが相当である。
第四結論
以上によれば、原告の本訴請求は、使用者責任に基づく損害賠償金一一四三万六六九三円とうち弁護士費用を除いたその余の損害賠償金一〇四三万六六九三円に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成三年二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当と認められるから(債務不履行を理由とする場合も同じ。)、その範囲においてこれを認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条、仮執行宣言につき同法二五九条を各適用し、仮執行免脱宣言申立ては相当ではないので、却下することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高橋勝男 裁判官 後藤健 裁判官高谷英司は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 高橋勝男)